議論を考えてみる

 現実に考えて日本人の議論より、欧米人の方が上手な可能性は高いかと思います。


なぜか?幼い頃から、日本の学校教育は小学校からディスカッションの教育が少ないのもひとつの要因かもしれないです。だから大人になってもディベートの一つも上手くいかないのでしょう。


議論というのはお互いに結論を出したり、妥協点を見つけて話し合うものです。


しかし日本人の議論というものは、例えば原発反対とある集団が言えば、原発推進論者が徹底的に譲らないように互いに意見は絶対に譲らないんですね。


日本人は喧嘩になる議論なんです。


それは日本人がよく頭が回るんだともいえるかもしれませんが、これは批判的な方向に回るんです。基本的に間違っているのは事実です。


議論というのはまずお互いを批判してはいけないと思うんです。議論によって喧嘩したり、相手をやっけたりして氣分よくなったりするものじゃないんですよ。


議論するというのは、まず第一に話の筋道を大切にすること。


第二に穏やかに話し合い感情を抑えること。


第三に自分が正しいとは思わず、相手より自分が上だと思わないこと。


国会の議論なんかみていると、まるで友人同士の言い争いや夫婦喧嘩のようです。


お互いに考え方が違ったりするのはあって当然のことなのですが、そこで話し合いが行われ冷静に議論を交わさなければなりません。


逆に反論されるからと言って黙っている人もいますが、これでは議論になりません。


しっかり自分の意見と主張を述べることが大事です。だからといって感情的になってはいけません。私もまだまだ議論をする時には、まず前段階で自分の感情を抑えなければなりません。


非常に重要な課題です。議論に入る前にまず感情をあらわにしないことだと思いますね。


議論というのは相互に納得したり、相手との話がまとまる方向にいかないといけないんです。


そして自分が正しいと思うことと、相手が正しいと思ってることはどちらが正しいというのは誰にもわからないんです。


まずは自分が間違っているという前提で、相手の話を聞いて議論を深めすり合わせていかなければなりません。


人間も動物ですが、野生動物は本能で生きています。



自然界においては食物連鎖の上で動物同士の争いこそありますが、人間の争いは動物の非ではありません。議論から話し合いが折り合わず、戦争になります。それは生物として、とても不毛であり不自然なことなんですね。


日本人もそうですが隣国なんかは議論ができるレベルではありません。


そうなっては本当にダメなんです。


しっかり冷静に話し合えること、相手の話をちゃんと聞くことが出来ること、冷静な分析で相手と結論に導けるように自分も努力すること、焦って結果を出さないこと。


自分の考え方はだいたいが間違っているということをまず自覚すること。


自分の考えが正解だという前提で議論しては相手の意見を全否定することになり、やがて喧嘩に発展してしまうのです。


また初めから話し合う氣持ちのない人も存在します。人格攻撃をして来る人や、人のことを貶したり、馬鹿にしたりして議論を逆手にとって楽しむ人間は必ずいます。そんな議論のするつもりもない人には、決して近付いてはいけないのです。


もっと私たちは建設的な議論を学ぶ必要があります。

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