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10月, 2020の投稿を表示しています

時間とお金

よく時間はお金になぞられる。 “時は金なり”とか“時間にルーズな奴は金にもルーズ”だとか。 でもそもそもが違うような氣がする。 時間という概念は存在しないのだと。 お金も実の所は存在しない。日本銀行券など見たまま、ただの紙切れである。それは誰もが知るところだろう。 時間とお金に追い詰められ日々ストレスを受けている私たち。果たしてそんなに時間とお金は大事なのだろうか? お金の価値は支配層が一般層に労働を課する道具、つまり幻想に過ぎない。 時間は永遠だと思えば永遠で、お金も無限だと思えば無限である。ゆえに人生において時間が無いと思えば死が近づき怖くなるし、お金が無いと思えば明日の生活はどうしようと惨めになる。 一万円の価値は人それぞれだし、時間の使い方も皆自由である。 一万円分の労働をしてその時間を費やすか?一万円を得ずに好きな趣味に没頭し時間を費やすか? お金と時間に縛られている人たちは、いつもお金か時間かどちらかの選択を迫られ、結局「お金より時間が大切だ」という人たちは、時間があってもお金を得ることは出来ず、「お金の方が命より大事」とお金を選択した人たちは休む暇もなくお金を稼ぎ、時間を失うことになる。 両方持つ人が世界には存在するが、それは超富裕層(支配層)と呼ばれる、地球人口約78億人の僅か数パーセントの人間だけだ。 果たして「時間とお金」とは、どちらかを選ばなければならない究極の選択なのだろうか? それは、どちらもないよりあった方が人生においては幸せである。という中途半端な考え方もやめて、どちらも選択せずに、時間もお金も存在しないと認識したらどうだろう。 たかだか目先のお金の心配や会社へ5分や10分遅刻したり、待ち合わせに遅れたりすることで、あなた、私の人生が台無しになるだろうか? ブロック宇宙論 時間論に関してユニークな理論がある。それがブロック宇宙論だ。 イギリスの物理学者ジュリアン・バーバは相対性理論と量子力学を30年研究の末、導き出したのが「時間は存在しない」ということだった(1999年著書End of Time)。 著書End of Time の中では、宇宙に時間は存在しておらず、時間はあくまでも人間が感覚と感じる幻想であると述べている。 これは頭が固い人や固定観念のままに生きている人に通じる話ではないが、何でも受け入れられる柔らかい脳に意識付けしてみ

インターステラーとイベント・ホライゾン

 母が2014年に亡くなってから、霊的な体験はピタリと止まった。 あれから5年も過ぎたのか… 現自宅で怪現象など起きたことはない。一時はクスリ(ブロン錠)のせいか?とも思ったが、ブロン錠を完全に断ち切ったのは2015年の暮れ辺りだった。 (私は別ブログではてなブログを長年使っていてブロン錠で至った経緯も書いたりしている。) それまで普通にブロン錠をODしていたので怪現象の原因がクスリのせいで頭がおかしくなってしまったのとは違う。 あれはしかし、なんだったのだろうか? 母と暮らしていたあの公団住宅に住んでいた時には毎日のように金縛りにあった。 あとはラップ現象は当たり前で、異様な物体を見た(老婆やスーツ姿の男たちや看護婦姿の女)。 エレベーターが止まったり揺れたり、撮った写真は不可解なものが写る心霊写真ばかりで、突然ベランダには5羽からのカラスが居座ったり、夜な夜なうめき声が聞こえたり、丑三つ時にピンポンが何度もなったり、電話線を抜いているのに電話が鳴ったり、外れることのない窓枠サッシのガラス窓が枠ごと6階から下に落ちたり、極めつけは610号室から順番に611、612とお婆さんが亡くなってゆき、とうとう最後角の613号室に住んでた母が亡くなった。 霊的な現象の真実は? 実は母が生前まで霊的な現象は恐怖でしかなかったんです。 母が亡くなってから逆に母に会いたいという気持ちから、不思議な現象が再度起きないか?と思い一人暮らしの生活を過ごして来ましたが、先程言ったように現在住む自宅では公団に住んでいたような、不可解な現象は起きてません。 公団に引っ越したのは自分が20歳の蕎麦屋で働いていた時で、それから母が亡くなるまで19年間住んでいたんですが、住み始めた当初10年弱は怪奇・心霊的な現象なんか起こってなかったんです。 よーく考えて思い出しました。 自分がうつ病と分からずに大阪から帰って来て、母に心配をかけて、勝手にどんどん病んでいって、引きこもり生活に突入してしまった時に「心霊動画」にハマってしまい、GEOでレンタルビデオを狂ったように借りては見て、借りては見ての繰り返しをするように… すると今まで気づかなかったことに、気づくようになってしまったのです。 裏階段の扉の奥の一室に御札が貼ってあるのを発見し、調べると裏階段の1階と3階の間に踊り場のようなスペースがあり、ホームレ

テレフォン人生相談 マドモアゼル愛先生

 みきっぺがマドモアゼル・愛さんを知ったことで思い出した、テレフォン人生相談。 あのですね、私が19歳でそば職人の修行をしていた店で、開店は10時なんですが、お客さんがボチボチ増え始めるのは実際11時頃で、10〜11時までは出前電話のラッシュなんですね。 出前要員の自分はこの1時間はフル稼働なんですが、だいたい11時前には店に帰ってきて来店のお客様ホール対応をするんですが、開店10時からかけてるラジオがですね、いつもニッポン放送に合わせていて、11時から始まるお馴染みのBGMがあるんですね。 それが“テレフォン人生相談”のミュージックで、今回調べて26年振りにはじめてタイトル名を知ったんですが、「またあした」というオリジナル曲なんですね〜 ラジオを聴いてる方なら一度は耳にしたことのある懐メロだと思います。 マドモアゼル愛さんはこのテレフォン人生相談で“心についてのエッセイリスト”の肩書きでアドバイザーをつとめていて、声は聞いたことがあるしマドモアゼル・愛という名前も占星術で有名で知っていましたが、YouTubeの動画で見たあの人がマドモアゼル・愛さんだとは露知らず。 そんなテレフォン人生相談。 この間、妻と晩酌をしながらYouTubeで聴いてたら、まあ良い意味で面白い。全部で14分弱でまとめられている相談内容が十人十色。 Googleでテレフォン人生相談を検索すると、やはり「やらせ」とか出てくるけれど、ひとつひとつの人生のケースとして聴いてみていることにしている。 一番聴いててスッキリして氣分が爽快するのは相談者の相談内容がそれほど酷くない内容で、ある程度解決して相談者がアドバイザーのアドバイスをしっかり聞いて理解して終わることだけれど、ほとんどがバカバカしい相談内容だったり、稚拙な相談だったり、怒りを覚える相談だったりして、案外そんな腹立つ話を求めてたりもする。 パーソナリティーは今井通子先生(泌尿器科医師・医学博士)が一番クールに相談者を詰めてて面白い。 マドモアゼル愛先生も的確なポイントで相談者にアドバイスをして、心についてのエッセイリストだけあって、相談者の心の内をはっきり突いてくる。 今日はパーソナリティが勝野洋さん、回答者はマドモアゼル愛さんの人生相談を紹介したいと思う。 これは誰もが非常にわかる話しだと思います。 老老介護に疲れ果てた相談者 勝野洋「今

夢日記を書いてみよう

 生まれてからこのかた、私は夢を見ない日はほとんどない。 [:contents] 夢の不思議 人はレム睡眠の間にはっきりとした夢を見ていると言われますが(ノンレム睡眠でも夢は見ている)、夢は忘れてる人も中にはいて、彼女に「夢って毎日見てるよね?」聞くと....... 「覚えてる日もあるけどほとんどが忘れてるか、全く見ない日もあるよ」とのこと。 弟バリピルに関しては「夢を見る事なんて、ほとんどないよ」と言われてびっくりしたことも。 私は強烈に覚えている夢が多々あるんです。それも自我に目覚めた頃から幼い時に見た怖い夢とか、不思議な建物の存在と風景、景色。 それが「夢の中でしか存在しない場所」なんです。 他人の夢の話を聞いても、誰もその本人の夢は見ることが出来ないし、話だけ聞いてもピンときません。 「ふ~ん、あっそう…」だと思うんです。 私の夢はいつもリアリティで夢と現実が見間違えるかのように色がはっきりしていて、また登場人物もよく覚えているんですね。 昔の小学生時代にまったく話したこともないし、友達でもなかったし、特に縁のなかったクラスの中の子が複数人よく登場したりするんです。 その後一度も会ったこともないけど、卒業アルバムに実際に存在しているので決して自分の妄想ではありません(笑)。 なぜ一度も話したことのない人物が夢に登場するのか?やはり夢の中でも仲良くしている夢ではありませんし、話したりもしませんが、「なぜかいるんですよ、その子が」。 そして名前も、出てこない。目覚めてから「あれ?また出てきた!誰だっけか?」と卒業アルバムを取り出して見るとあの子とあの子…。 なぜだ? 印象にも残っていない人物の夢の登場。 その子らが自分にとって重要な人物?でもなさそうだし… 小学生時代だけじゃなく、中学生、高校時代、社会人時代に見たことのある決まった人物も登場するんです。 社会人時代に登場する人物は卒業アルバムもないんで、名前もわからず顔しか覚えていないんですが、夢の中では名前を呼んでる記憶があるんですね。だけど目を覚ますと名前だけ忘れてる。 でも「また、あいつが出てきた!」と...いったいなぜなんだ? 夢の中だけでしか登場しない建物と風景 夢の中では「あ!またこの場所だ!」と思って、一体ここはどこなんだ?と思うも、起きると現実には行ったことも見たこともない場所。 まるで夢の中で

議論を考えてみる

 現実に考えて日本人の議論より、欧米人の方が上手な可能性は高いかと思います。 なぜか?幼い頃から、日本の学校教育は小学校からディスカッションの教育が少ないのもひとつの要因かもしれないです。だから大人になってもディベートの一つも上手くいかないのでしょう。 議論というのはお互いに結論を出したり、妥協点を見つけて話し合うものです。 しかし日本人の議論というものは、例えば原発反対とある集団が言えば、原発推進論者が徹底的に譲らないように互いに意見は絶対に譲らないんですね。 日本人は喧嘩になる議論なんです。 それは日本人がよく頭が回るんだともいえるかもしれませんが、これは批判的な方向に回るんです。基本的に間違っているのは事実です。 議論というのはまずお互いを批判してはいけないと思うんです。議論によって喧嘩したり、相手をやっけたりして氣分よくなったりするものじゃないんですよ。 議論するというのは、まず第一に話の筋道を大切にすること。 第二に穏やかに話し合い感情を抑えること。 第三に自分が正しいとは思わず、相手より自分が上だと思わないこと。 国会の議論なんかみていると、まるで友人同士の言い争いや夫婦喧嘩のようです。 お互いに考え方が違ったりするのはあって当然のことなのですが、そこで話し合いが行われ冷静に議論を交わさなければなりません。 逆に反論されるからと言って黙っている人もいますが、これでは議論になりません。 しっかり自分の意見と主張を述べることが大事です。だからといって感情的になってはいけません。私もまだまだ議論をする時には、まず前段階で自分の感情を抑えなければなりません。 非常に重要な課題です。議論に入る前にまず感情をあらわにしないことだと思いますね。 議論というのは相互に納得したり、相手との話がまとまる方向にいかないといけないんです。 そして自分が正しいと思うことと、相手が正しいと思ってることはどちらが正しいというのは誰にもわからないんです。 まずは自分が間違っているという前提で、相手の話を聞いて議論を深めすり合わせていかなければなりません。 人間も動物ですが、野生動物は本能で生きています。 自然界においては食物連鎖の上で動物同士の争いこそありますが、人間の争いは動物の非ではありません。議論から話し合いが折り合わず、戦争になります。それは生物として、とても不毛であり不自然な

塩の重要さ

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  塩   Salt  は人間にとって重要なミネラル摂取に欠かせないものであります。   我々にとって一番身近な調味料塩。 “さしすせそ“ の一番頭にくる砂糖は身体に 全然必要ない けれど、塩は全く摂らなければ 命にかかわる ことに。 塩は絶対不可欠でしょう。     砂糖といえば、そろそろHalloweenという名のアホな祭りが毎年やって来るが、まだ始まってもいないのに若者らが変な仮装をして街で騒いでる。ゴミも片付けずに。 勘違いしてないか?あれは単なる 餌付け である。   愚民 を増やすシステム。 だって、幼い頃に餌付けしておけば楽でしょ? 大人になってからじゃ面倒だよね。 子供の時に「お菓子頂戴頂戴ー!」と言わせておけば、小麦大好き、砂糖大好き、牛乳大好きとなる。   日本人は、まぁ多彩な異文化の祭りをカレンダーに加えたがるが、全て洗脳文化を押し付けられてると思えばいい。 ほとんどの祝祭日なんて、 「嘘」 っぱち。 支配者による金の吸い上げと大衆のコントロール。   ハロウィーンみたいなものを肯定する人も沢山いる。いや、かなりの人が楽しんでいる。 こんなこと言われたら不快な人が多いはずだ。   好きなだけ楽しんでくれ、中には楽しみたく無い人もいるのだよ、押しつけはやめて欲しい。 何故皆んなと同じことをしなくちゃならないのか? 賢い人は気づいているが、思考停止もいいところ。 しかし日本人っていいTARGET!   いやいや経済効果があるんだよ!って言うんでしょ? さぞかし、今宵もお菓子をいっぱい子供に与える親がいるんだろうねぇ。 それで将来その子が病気になってさ……病院が儲かる仕組みを作られてんのに。 親が病院に連れて行って「あれ?これ発達障害だねぇ」 なんて医者に言われちゃってさ、バンバン薬出されて、薬漬けになって更に悪化して他の病気になったり。 医療費は増えて、医療業界のマーケットが成長するよね。   クスリの反対はリスクだから。クスリを服用するには当然のリスク risk  (危険)があるってこと。 医師免許(標榜医麻酔科を除く)なんて、 「わたし普通免許で何でも乗れます!」みたいな資格なのに(お医者様は神様=お客様は神様みたいな風潮はやめてくれ)。 だから信用できる医者はごくわずか。   第一、突発的な病気・怪我や癌など・難病以外は病院なんて行かなきゃい

不幸の三原則

 人の不幸は蜜の味。なんて、悲しきかな多くの人は他人の不幸を喜びます。それは普段生活していて、皆さんも自然と感じるのではないでしょうか? 「昨日あの人があの人にこんなこと言ってて、もう凄かったんだから!」 「なに?なに?誰がどうしたって?」 「うん、あいつか。それでそれで、どうなったの?」 「いつも陰口ばっかり言ってるから罰当ったのよ!」 「そうだ、そうだ!ざまあみろ!」 「そうよ!そうよ!」 毎日、暇な会社の休憩室では欠席裁判が行われている。こういった行動をしたり一緒になって話を聞いたり、野次馬のように参加してしまうと、それは当人達は不幸への第一歩を踏み始めたと考えた方がいい。 もっと酷いのは妄想である。 勝手にありもしない人の悪口、陰口を言いふらす、もしくは第三者を使って「1人の人物」を悪者に仕立て上げる。これは最悪である。本人も気づかず行っている場合があるので重症だ。そういった者には必ず因果となって報いが来て自らを苦しめ、病気となって現れ苦しむ。仮に苦しまずに死んだとしてもその因果は親兄弟、親戚に因果が飛ぶのである。 ━ 特にネット内での「炎上」などはこの類いである。他人への執着心、嫉妬、妬み、僻み、悪心、これらが全て絡めて『不幸の塊』を作り出し、世の中に悪い空気をもたらす。 では、私達が不幸に陥らないためには日々の生活においてどのような行動をとったら良いのか? 簡単な事です。まず先に言ったように、人を不幸にするような言動、もしくはそのような輪の中に参加しないことであり、人の悲しむようなこと、辛いことには絶対に触れるべきではない。 仮に自分が悪口を言われていたとしても、無視するのが一番である。そのような人物との関わりを持ってはいけない。しかしそのような人物は「エネルギー泥棒」といって必ず人の足を引っ張ってくるようなことばかりしてくる。腐れ縁と言わずにしっかりそのような縁は切るように。 仮にそこで何らかの犯罪的行為が行われたのならば、然るべき対応を取らなければならない。 しっかりとした法律家、専門家に対応を仰ぎ、警察に相談すること。SNSでの付きまとい粘着行為や、個人の誹謗中傷、個人情報の流出、スパムメールなどの嫌がらせ行為、これら全てのインターネットでの犯罪行為は立件できるので諦めずに対処しましょう。 まずは、相手に対して毅然とした対応をしなければなりません。

タルムード経典

 タルムードとはユダヤ教の戒律を示した経典。 そこにはミシュナ分配という方法が書いてある。 ・半分以上貰うのは、全て貰うのと同じ。 ・半分以上貰うなら、皆で不満を分配しよう。 ユダヤ人の世界における人口比率ってのは、世界の約70億人いるうちの約1,300〜1,500万人しかいない。 人口比でいえば影響力がデカいのがユダヤ人だ。 イスラエルに住んでる人は約600万人。 そして世界の人口の約0.2%なのにも関わらず、ユダヤ人がノーベル賞を受賞している割合が、全体の20〜40%とも言われている。 凄くないですか?ユダヤ人って。 さて、ユダヤ人が考えた平等に物事を分けるミシュナ分配の話だが…… 例えばだ、世界に1枚だけの「布」があるとする。 Aさんはその布1枚全部を欲しいと言っている。 Bさんは半分だけ切り取って欲しいと言っている。 さて公平に分けるにはどうしたら良いか? AさんBさん共に筋が通った納得のいく分け方だ。 半分ずつ分ければ平等ではないか? 日本人の多くはこう答えるだろうが、Aさんはこれでは納得がいかないのだ。 何故なら、全て欲しいと言っているのだから。 前提に布が欲しい権利が2人には平等である。またこの問題は、両方共に言い分が通っているという金融的な平等の元で考えなければならない。 なので「布」を分けるのを諦めるとかは無くて、分ける条件では2人とも布を受け取る方法で考える。 ではどう分けるのか? 正解は損する量を対等にするのだ。 ユダヤ人は公平を損で分けます。 具体的には「布」の4分の3をAさんに渡す、4分の1をBさんに渡します。 Aさん 3/4     <全部欲しい>  <1/2与えてよい> ……………………↓……………………………↑………………… Bさん 1/4      <Bには何も与えない> <半分欲しい> 残りの1/2を半分1/4ずつにする。 損を平等にしたら不平不満が出ないでしょう? これがミシュナ分配(布争い原理)である。 共同出資などは平等にすると揉めやすい。なので損失を対等にすることで絆が深まる。 これがユダヤ思想。 さすが金融工学の強いユダヤ人だ。 因みに数式で解くことができ、ゲーム理論(あらゆる戦略的状況)でも解明されたユダヤの知恵なのです。 これは特に遺産相続や破産問題をどうするか?っていうのに使われる。 重要な点は分配の法則性を、&l